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65歳からの新常識。長すぎる「おひとりさまの15年」を安心に生きる方法

65歳からの新常識。長すぎる「おひとりさまの15年」を安心に生きる方法

こんにちは、岡田といいます。 皆さん……ひとりでご飯を食べて、ひとりで病院へ行き、ひとりでお薬を飲むこと。ふと、怖くなることはありませんか?
でもね、これがこれから10年、20年と、私たちが生きていく「当たり前の日常」になるんですよね。 誰かがいつも隣にいてくれる。そう期待してしまうお気持ち、痛いほどわかります。でも、その期待こそが、時に私たちを深い孤独へと突き落としてしまうんです。
99歳まで生きるということは思っている以上に大変なことが多いかもしれません。
今日は、誰にも依存せず、自分の足で堂々と、そして心穏やかに立つための方法を、少し現実的にお話しさせてくださいね。

朝、目を覚ました時、隣の布団は空っぽです。 夫はもう遠い空の下です。寂しくて子供たちに電話をかけても、返ってくるのは「お母さん、今忙しいから」という慌ただしい声だけです。お茶飲み友達だった人たちも、ご自身の体調不良やご家族のお世話で、少しずつ連絡が途絶えていきました。
これが、今の日本を生きる私たち、70代の偽らざる現実なんです。
思えば私たちは、生まれてからずっと「誰かと一緒に生きる方法」ばかりを学んできました。ご両親に守られ、夫と支え合い、子供たちを育てながら……いつも誰かが隣にいてくれるのが「普通」だったんです。 でも、年を重ねるごとに、その隣の席はひとつ、またひとつと空席になっていきます。両親を見送り、夫を見送り、友人たちとも離れ離れになり……。 そしてある日、静まり返った部屋でふと気づくんです。「ああ、最後に残るのは私ひとりなんだな」って。
数字のお話をさせてくださいね。 今の日本では、65歳以上の高齢者のうち、なんと10人に1人がひとり暮らしだそうです。配偶者もおらず、お子さんも独立してひとりで暮らす方の割合は、およそ半分にも上ると言われています。
平均寿命は80代まで延びました。でもそれはつまり、「ひとりで生きる時間が15年以上続く」ということなんです。 この長い15年を、ずっと誰かに頼りきって生きていけるでしょうか?子供たちが、ずっと私たちのそばにいてくれるでしょうか。
……現実には、難しいですよね。あの子たちにはあの子たちの家庭があり、仕事があり、子育てに必死です。週末に一度顔を見せに来てくれるだけでも、本当に大変なことなんです。
じゃあ、お友達はどうでしょう?同世代の友人たちも、みんなそれぞれの暮らしで手一杯です。「会いたいね」と言い合いながら、なかなか会えないのが現実です。 それなら夫は?「夫婦で一緒に年を重ねれば大丈夫」と思いたいところですが、それも確実なお約束ではありません。夫が先立てば私が残りますし、どちらかが倒れれば、もうひとりが介護で疲れ切ってしまうかもしれない。行き着く先は、やはり「ひとり」なんです。
ごめんなさいね、少し厳しいお話に聞こえてしまったかもしれません。でもこれは、決して悲しいお話ではなく、ただの「冷静な現実」なんです。私たちが必ず向き合わなければならない、大切な真実。
一番の問題は、私たちがこれまで「ひとりで生きる方法」を教わってこなかったことにあるんです。ずっと誰かと生きてきたから、ひとりでいることに慣れていなくて、ただただ怖いだけなんですよね。
ひとりで決断し、ひとりで行動するのは、最初は本当に難しいものです。だから、つい誰かに頼りたくなってしまう。子供や友達に「誰かそばにいて」と強く願ってしまう。 でも、待っていても誰も来てはくれないから、その期待は深い失望に変わります。その瞬間、私たちは今まで以上の、張り裂けそうな孤独を感じてしまう。「誰かに依存する」という長年の習慣が、かえって私たちを不幸にしてしまっているんです。
でも、少しだけ逆に考えてみませんか? もし、最初から「ひとりで生きる準備」ができていたら、どうでしょう。「誰かが来てくれたら嬉しいけれど、誰も来なくても私は大丈夫」。そんなしなやかな心を持てていたら?ひとりでも十分に一日を楽しんで生きていける力があったなら?
きっと、あんなに苦しい孤独を感じることはなかったはずなんです。
ですから、今日この動画では、誰にも頼らず、自分の足で「ひとりで立つ」ための方法をいくつかお話しさせてください。 誤解しないでいただきたいのですが、これは「周りとの縁を切りなさい」というお話では決してありません。むしろ、これからの人間関係をより温かく、健康なものにするための大切な準備なんです。
自分の足でしっかり立てた時、人との繋がりはもっと美しいものになります。 「期待」ではなく「感謝」で。「義務」ではなく、心からの「選択」として人と会えるようになる。そして何より、あなた自身の「尊厳」を最後まで守り抜くことができるんです。
これからお話しすることは、少し胸の奥に刺さる、お話かもしれません。でも、私たちがこれからの日々を生きるために、どうしても必要なこと。皆さんの大切な老後が、きっと明るく変わるお話です。 どうぞ、ゆっくりお茶でも飲みながら聞いてくださいね。

改めまして、岡田と申します。 私は宇都宮で人生の大半を過ごしてきた、本当にごく普通の主婦です。夫と2人の子供を育て、それなりに賑やかで、幸せな家庭を築いてきました。長女は結婚して同じ栃木県内に、息子は東京で会社員をしています。
私の暮らしが完全に変わってしまったのは、今から5年前のことです。 夫が、突然の心臓発作で逝ってしまいました。45年もの間、当たり前のように隣にいた夫がいない家は……なんだか息苦しいほど広くて、空っぽに見えました。
最初の1年ほどは、子供たちも頻繁に顔を出してくれました。週末になれば娘が来て、一緒にお買い物をしてご飯を作ってくれたり。息子も月に数回は立ち寄って、力仕事を手伝ってくれました。 「ああ、私には子供たちがいるから大丈夫だわ」……あの頃の私は、本気でそう思っていたんです。
でも、時間が経つにつれて、少しずつ状況は変わっていきました。 娘は初孫の育児で手一杯になり、息子も仕事で週末まで出勤するようになりました。いつの間にか、電話は1週間に1回になり、顔を見せてくれるのも月に1回あるかないかになっていきました。
本当は、すごく寂しかったんです。 でも、あの子たちにも大切な自分の生活がある。これ以上、私のことで負担をかけたくない。「寂しいから来て」なんて、どうしても言えませんでした。 そうして、誤魔化しながら2年が過ぎた頃でした。
あれは、ある火曜日の午前のことでした。 朝ご飯の後片付けをして、キッチンの洗い場に立っていた時のことです。突然、目の前がぐらっと揺れて、真っ暗になりました。足からスッと力が抜けて……気がついた時には、キッチンの冷たい床に倒れ込んでいました。
意識ははっきりしているんです。でも、体が全く動かない。 携帯電話は、数メートル先のソファの上でした。手を伸ばしても、当然届きません。「誰か、助けて」と叫びたかったけれど、声すら出ませんでした。
私はそのまま、キッチンの床に横たわっていました。1時間が過ぎ、2時間が過ぎ……。時計は見えませんでしたが、窓から差し込む光の向きで、朝だったはずの太陽がもう真上を過ぎているのが分かりました。
子供に助けを求めたくても、電話ができない。お隣さんに気づいてほしくても、声が出ない。
そうして、翌日になってしまったのです。なんと24時間が経ってしまいました。そこで契約している見守りサービスを契約している警備会社の方が異変を察知し様子を見に来てくれたのです。
すぐに救急車で運ばれました。幸い、一時的な低血圧と脱水症状だったため、大事には至らず、2日ほど入院しただけで退院することができました。
でも、私の心には、とてつもなく大きな恐怖が残ってしまったんです。 病院のベッドでひとりで天井を見つめていた時、はっきりと気づいてしまいました。
「警備会社の見守りサービスを契約していなかったら?」 「私が倒れても、誰も気づかなかったんだ」と。
大手の警備会社による見守りサービスは、一人暮らしなら契約しておいたほうがいいです。これは筆者の経験から言えます。
概要欄に見守りサービスについてのブログ記事のURLも貼っておくので参考にしてください。
子供たちは忙しく、友達も毎日のように連絡を取り合うわけじゃありません。1日、2日、3日……私が冷たい床の上で息絶えていても、きっと誰も知ることはなかった。そう思ったら、恐怖で体中が震えました。
退院した日、娘と息子が血相を変えて飛んできました。 そして、とても慎重な口調でこう言ったんです。 「お母さん、もうひとりで暮らすのは危ないよ。私の家で一緒に暮らすか、それとも安心できる施設を探そうか」と。
息子も頷いていました。「俺たちも毎日様子を見に来られないから、心配なんだ。安全のためにも、施設の方がいいと思う」
私は、何も言い返せませんでした。子供たちの言う通りなんです。ひとりで暮らすのが危険だということは、私が一番思い知らされました。 でも……嫌だったんです。 私は、自分の家で、自分のペースで、最後まで暮らしたかった。
その日の夜、私は一睡もできませんでした。暗い部屋の中で、ひとつの思いだけが頭の中をぐるぐると巡っていました。
「結局、私の人生は私が守るしかないんだ」 「子供たちに寄りかかってはいけない。自分の足で、ひとりで立てる力をつけなければいけないんだ」と。
あの日から、私は完全に変わりました。 誰にも頼らず、ひとりで生きていく方法を、一から学び始めたんです。

それでは、72歳で「自分の足で立つ」という新しい生き方を見つけた私の経験から、私たちが心穏やかに毎日を過ごすための、6つの大切なヒントをお話しさせてくださいね。
まず1つ目は、「頼ることは習慣にすぎない」ということです。 私たちは小さな頃は両親に、大人になってからは夫に頼って生きてきました。「家族」という学校の中で、助け合って生きるのが当たり前だと学んできたんですよね。 だから「ひとりでは生きられない」と思い込んでしまうのですが、実はそれ、ただの「習慣」だったんです。
習慣は、いつからでも変えられます。私も72歳から、自分の足で立つ新しい習慣を作り始めました。年齢は関係ありません。「やってみよう」というお気持ちがあれば、いつだって変われるんですよ。
2つ目は、ひとり暮らしと「孤独」は違うということです。 多くの方が勘違いしてしまうのですが、「孤独」というのは、誰かにそばにいてほしいのに誰もいないという「望まない寂しさ」のことです。
でも「ひとりで立つ」というのは、自分で自分を幸せにできる力を持った状態のこと。誰かが遊びに来てくれても嬉しいし、ひとりでいても満たされている。私が手に入れたのは、寂しい「孤独」ではなく、心豊かな「自由」でした。「私なら大丈夫」という自信がついてから、ひとりの時間がうんと楽しくなったんです。
3つ目は、準備をして迎えるひとりの時間は全く違う、ということです。 私も、最初は夫を亡くして「仕方なく」ひとりになりました。心の準備ができていなかったから、とても寂しくて怖かったんです。
でも今は違います。「ひとりで生きる方法」を学び、自分の足で立つことを選びました。同じひとり暮らしでも、「かわいそうな私」として生きるか、「自分の人生の主人公」として生きるかで、見える景色は全く変わってきます。だからこそ、今から少しずつ準備を始めてみませんか?
4つ目は、とても大切な人間関係のお話です。 「誰にも頼らない」と決めた時、周りから孤立してしまうのではと怖かったんです。でも、実はその逆でした。
ひとりで立てるようになると、不思議なことに子供たちとの関係がとても良くなったんです。私が自立していると、子供は「お世話をしなきゃ」という負担を感じません。私も、子供の顔色を伺わなくて済みますよね。 「義務」ではなく「会いたいから会う」。会えば心から楽しいし、離れても大丈夫。これが、本当の意味で健康で温かい家族の形なんだと気づきました。
5つ目は、「ひとりで生きる準備」は決して自己中心的なことではない、ということです。 「子供に頼らないなんて、意地を張っているのかしら」なんて思う必要はありません。むしろ、子供に負担をかけず、罪悪感なく彼らの人生を歩ませてあげること。これこそが、親の「真の愛情」であり、成熟した大人の姿だと私は信じています。
昔の哲学者も言っているそうです。「子供がどれくらい会いに来てくれるか」など、自分ではコントロールできないことに執着すると、人は不幸になる、と。私たちがコントロールできるのは、「自分の健康」や「自分の暮らし」だけ。 健康な体と、安心して眠れる家。本当に必要なものは、実はそんなに多くないんですよね。手放すほどに、私の心は自由になっていきました。
そして最後の6つ目。今始めなければ、永遠に始めることはできません。 「もう年だから、今さら……」そう思ってしまっていませんか?
でも、今日という日は、残りの人生で一番若い日です。70代でも80代でも、今日から始めればいいんです。私も72歳で一歩を踏み出し、人生がぱっと明るく変わりました。 大切なのは年齢ではなく、「変わろう」とするあなたの心です。さあ、一緒に少しずつ、できることから始めてみませんか?

子供が尋ねてきてくれるのを。 友達が連絡をくれるのを。 誰かが私を助けてくれるのを……待つのは、もう終わりにしましょう。
私は今、ひとりで暮らしています。 今日は、同世代の皆様へ、自分の足で立ち上がり、自分の人生の「主人公」として生きるためのお話を少しだけさせてください。
誰にも頼らず、尊厳を持って年を重ねる。 それは決して難しいことではありませんでした。今日からできる、小さな5つの積み重ね。私が実践してきたことを、お話しします。
1つ目は、毎日の生活を自分で回すことです。
夫がいた頃は、買い物も銀行も、何でも一緒でした。だから、ひとりになった時、最初は本当に戸惑いました。スーパーに行っても何を買えばいいかわからない。銀行のATMの操作もよくわからない。 ひとり分のご飯を作るのが億劫で、つい適当なものばかり食べていた時期もありました。
でも、「これではいけない」と思ったんです。 今は、毎朝簡単な食事を自分で用意します。卵焼きひとつ、少しのキムチ、そして一膳のご飯。立派なご馳走じゃなくていいんです。 洗濯も、掃除も、自分でやる。しんどい時は2日に1回、3日に1回でも構いません。「完璧」である必要は全くないんです。「自分で自分の暮らしを整えられている」という実感が、私を強くしてくれました。
2つ目は、経済的な自立です。
夫が残してくれたお金と年金。決して贅沢ができる額ではありません。だからこそ、私は毎月、何にいくら使っているのかを家計簿アプリに細かく記録し始めました。 すると、気づかないうちにお金が漏れているのが見えてきたんです。「疲れたから」と乗っていたタクシー代、「面倒だから」と頼んでいたお弁当代……。
タクシーをバスに変え、簡単な自炊を心がけるようにしたら、月に3万円も節約できたんです。そのお金は「いざという時のための貯金」に回しています。 お金の余裕は、心の余裕です。助けを呼ぶか、自分でどうにかするか。選択肢を持てるのは、自分の手元をしっかり管理しているからこそなんです。
3つ目は、自分の健康は自分で守ること。
一度体調を崩して倒れた時、私は「健康を失えば、自由も失う」と痛感しました。 それから、毎朝30分歩くようにしています。最初は10分でも息が上がりましたが、少しずつ距離を延ばしていきました。
お薬も忘れずに飲み、定期検診にも行きます。少しでも「あれ、おかしいな」と思ったら、我慢せずにすぐお医者さんに診てもらう。健康は、ある日突然失われるわけではありません。小さなサインを見逃した時に崩れていくんです。自分の体の声に、誰よりも耳を澄ませてあげてくださいね。
4つ目は、自分の心との付き合い方です。これが一番難しかったかもしれません。
夕暮れ時、部屋が暗くなると、どうしようもない孤独が押し寄せてきました。子供に電話したくなる。でも、毎日かけたら負担になるだろうと、ぐっと我慢しました。 その代わりに始めたのが「日記」でした。その日あったこと、感じたこと、感謝したこと……文字にすると、不思議と心が整理されて落ち着くんです。
図書館で借りた本を開けば、物語の住人たちがそばにいてくれました。 「寂しい」と思うことは、決して恥ずかしいことじゃありません。大切なのは、その寂しさに飲み込まれず、自分を慰める「自分だけの方法」を見つけておくことです。
最後、5つ目は新しい関係を作ることです。
私は思い切って、地域の福祉会館のストレッチ教室に通い始めました。そこには、同じようにひとりで暮らす同世代の方々がたくさんいました。「大変なのは私だけじゃないんだ」と、お互いの話をするだけで心が軽くなりました。
近所のお寺の集まりにも顔を出し、マンションの廊下ですれ違う方には、自分から明るく挨拶をするようにしました。今では、階下の方と一緒にお買い物に行くこともあります。 家族じゃなくてもいいんです。友人、ご近所さん、地域の人たち……多様な繋がりが、私を守る見えない「セーフティネット」になってくれました。

こうして自分の足で立つようになってから、私の暮らしは完全に変わりました。 私が元気で自立しているとわかったからか、子供たちの方から気楽に連絡をくれるようになったんです。週末に娘と散歩したり、息子から電話が来たり。 でも、私はもう彼らに依存していません。「来てくれても嬉しいし、来なくても私はひとりで楽しくやっているわよ」と、心から思えるからです。
ひとりで立つということは、孤独に耐えることではありません。 誰の顔色も伺わず、堂々と、自由に生きること。それこそが、尊厳のある老後だと私は信じています。
今日から、始めてみませんか? 自分で一膳のご飯を用意すること。10分だけ外を歩くこと。ご近所さんに笑顔で挨拶すること。 その小さな一歩の積み重ねが、あなたの明日を必ず明るくしてくれます。

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