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黒い羊の凱旋

黒い羊の凱旋:私は何も間違っていない
1. 森に隠した「真実」
「木の葉を隠すなら森の中、死体を隠すには戦場が一番だ」 昔の推理作家の言葉ですが、まさにその通り。世に溢れる「不倫」という森の中に身を隠していれば、私の特別な事情など誰も気づきはしない。なのに、どうして周囲の無能な人間たちは、こうも騒ぎ立てるのでしょう。
2011年9月。私の平穏を乱す「災難」が降りかかりました。 ダブル不倫? ええ、そう呼べばいい。けれど、私にとっては当然の権利を享受していただけ。結婚前から続く彼との関係は、退屈な結婚生活を維持するための必要悪。それを「不道徳」だと糾弾する権利が、一体誰にあるというのですか?
2. 「丸太」のような女と、腰抜けの夫
日曜日の午後、我が家のリビングは喜劇の舞台と化しました。 現れた相手の女は、背ばかり高くて、顔は「あんまるあんの丸太」そのもの。こんな醜い女に縛られている彼が不憫でなりませんでした。それなのに、あろうことか私の夫は、会うなりその「丸太」に向かって土下座をしたのです。
「妻が不届きな真似を……」 耳を疑いました。入り婿として我が家を継ぐ立場の人間が、妻を守るどころか、敵に媚びを売るなんて。情けなくて吐き気がしました。 極めつけは、その女の傲慢な態度です。私が丁寧に淹れたダージリンに口もつけず、「ご主人に責任はありません」などと勝ち誇った顔で宣う。
あまりの無礼さに、気づけば手が動いていました。熱い紅茶が入ったティーポットを、夫の額めがけて投げつけてやったのです。真っ赤な血が溢れ、場が凍りつく。その瞬間、私の胸には言いようのない爽快感が走りました。
3. 東京、新しい私への階段
「勘当だ」と息巻く父。携帯を取り上げ、私を部屋に閉じ込める両親。娘のDNA鑑定まですると言い出す夫。 どいつもこいつも、私という人間を理解しようとしない。だから、私は月曜の早朝、窓から抜け出しました。クレジットカードで目一杯現金をキャッシングし、自由の街・東京へ。
今は「ヘルス」のお店で働いています。24歳という設定ですが、誰も疑いません。若さと美貌は、愚かな男たちを操るための最強の武器。住む場所も、当面の資金も、この美貌が稼ぎ出してくれる。夫との離婚? 慰謝料? そんなもの、時効まで逃げ切るか、あるいは「成功した私」が鼻の先に放り投げてやればいい。
4. 麗しき「ブラックシープ・カフェ」
私には夢があります。今の仕事で種銭を稼ぎ、大官山か芦屋に、選ばれた女性たちのための「英国式カフェ」を作るのです。パステルカラーのインテリア、高級なボーンチャイナ、そして最高級のアフタヌーンティー。
昔の男であるコンサルタントも、私のセンスを絶賛してくれました。「君ならできる」と。 夫や両親は私のことを「厄介者の黒い羊(ブラックシープ)」と呼ぶでしょうが、結構なこと。群れに従うだけの白い羊たちには、一生見ることのできない景色を私は見ている。
実家の遺産だって、当然私の取り分は確保させます。夫の名義の財産だって、半分は私のもの。それらを軍資金にして、私は「女社長」として返り咲くのです。相手の女への慰謝料? カフェが繁盛したら、恵んであげてもいい。
5. 終幕、そして始まり
「将来、娘に何を話すつもりだ」と夫は言いました。 そんなの決まっています。「ママはね、自分の望む人生を、自分の力で勝ち取ったのよ」と。
今夜も東京の夜景は美しい。 私は、誰にも屈しない。誰にも染まらない。 私は私自身の神であり、この物語のヒロインなのです。 愚かな羊たちの嘆きをBGMに、私は極上の紅茶を一口啜り、新しい人生のページをめくることにしましょう。
策略のティータイム:コンサルという名の「財布」の躾け方
1. 弱さを武器にする、最高級の演出
彼は相変わらず、一流銀行との取引を自慢するような、分かりやすい「成功者」の顔をしていました。私はあえて、普段の不敵な笑みを消し、少しだけ疲れを見せた「逃亡中のヒロイン」を演じることに。
「……ねえ、あなただけが頼りなの。地元では、誰も私の本当の才能を理解してくれなかった。夫も、両親も、みんな私を閉じ込めようとするばかりで」
グラスを持つ指先を少しだけ震わせてみせる。これだけで、彼は勝手に「自分がこの美しい才能を救い出し、開花させる騎士(ナイト)」だと思い込んでくれるのです。男って、本当に単純。
2. 専門用語という名の「子守唄」
彼は悦に入って、事業計画について語り始めました。 「資本金と融資の比率が……」「ベンチャーキャピタルのスキームを……」「無担保融資の枠を……」
正直、退屈で欠伸が出そう。でも、私は身を乗り出して、感銘を受けたように頷きます。 「すごいわ。私、インテリアや紅茶のことなら誰にも負けない自信があるけれど、数字のことは……。ねえ、全部あなたにお任せしていいかしら? あなたなら、私の理想を一番いい形で現実にしてくれるって信じてるから」
これですよ。 「あなたにしかできない」「信じている」 この二つの呪文を唱えるだけで、彼は私の代わりに銀行へ足を運び、私の代わりに面倒な書類を作り、私の代わりに「都合のいい弁護士」を手配するために走り回るようになる。
3. 「毒」を「スパイス」に変える魔法
途中で、夫との修羅場の話になりました。「額を割って血を流させた」という事実さえ、私の口にかかれば情熱的な物語に変わります。
「あまりに理不尽な侮辱を受けたから、つい……。私、自分のプライドを傷つけられることだけは耐えられないの。あなたなら、この情熱、分かってくれるでしょ?」
彼は「少し刺激的すぎるが、起業家にはそれぐらいのエネルギーが必要だ」なんて、したり顔で擁護してくれました。障害事件さえ「起業家のエネルギー」に変換させてしまう。私って、本当に天才的。
4. チェックメイトは「大官山」の夢
「住所をこちらに移して、地元のしがらみを断ち切りましょう。私の事務所の近くにマンションを用意するよ」
彼がそう提案した瞬間、私は心の中で勝利のポーズを決めました。 住居の確保。地元の警察や夫からの追及をかわす隠れ蓑。そして、カフェ開店に向けた人脈。すべてが、彼という「踏み台」を通じて手に入ったのです。
「嬉しい。大官山の1号店がオープンしたら、最初のゲストはあなたよ。もちろん、一番特別な席を用意するわ」
もちろん、その頃には彼も「用済み」になっているかもしれません。でも、今はいい。彼には、私の華麗なる再スタートのための「便利な道具」として、存分に働いてもらうことにしましょう。
大官山の工事現場に漂う、乾いたコンクリートの粉塵と焦げた木の匂い。それは私にとって、勝利への前奏曲(プレリュード)のはずでした。
けれど、完璧な計画には、いつも少しの「不純物」が混じるもの。コンサルタントの彼は、期待していたほど「太い」財布ではありませんでした。銀行の融資枠がどうの、ベンチャーキャピタルの審査がどうのと、最近は言い訳ばかり。
「ねえ、私のセンスを安売りさせたいの?」
私はイタリア製の大理石タイルのサンプルを投げ出し、建設途中の店舗のオーナーズルームに、次なる「獲物」を招き入れました。

聖域の再構築:地主という名の「老いた羊」の飼い方
1. 「伝統」という言葉に弱い獲物
ターゲットは、この界隈に広大な土地を持つ地主の高木氏。70歳を過ぎ、身なりは質素ですが、纏っているのは「代々の資産」が醸し出す独特の傲慢さ。彼はこの土地が、ただの商業地に変わっていくのを快く思っていない――。事前にコンサルから聞き出していたその情報は、私にとって最高の武器でした。
私はあえて、作業着姿の職人たちの前で、最高にエレガントなシャネルのスーツを纏って彼を迎えました。
「高木様、お忙しい中わざわざ……。工事の騒音で、お耳を汚してしまって申し訳ありません」
少しだけ眉をひそめ、儚げに微笑む。それだけで、彼は「自分が守らねばならない高貴な花」を見つけたような顔をしました。
2. 「土地の格」を上げるという誘惑
「最近の若い方は、儲けばかりを優先して、この大官山の品格を壊すような店ばかり作りたがる。ですが……」
私は工事中の壁に立てかけられた、完成予想図を指し示しました。そこにあるのは、儲け度外視の広々としたテラスと、英国の王室御用達を思わせるクラシックな内装。
「私は、この素晴らしい土地の『格』に相応しい、100年続くサロンを作りたいのです。でも、私のこだわりが強すぎて……。職人たちに最高の素材を使わせようとしたら、パートナー(コンサル)から『もっと妥協しろ』と叱られてしまったんです」
俯き、長い睫毛を伏せる。「資金不足」という無様な言葉は使いません。「美学ゆえの苦悩」として演出するのです。
3. 秘密の共有、そしてチェックメイト
私は彼を、まだ床板も張られていない奥のスペースへ誘いました。
「ここは、高木様のような、この街の本当の主(あるじ)だけが、喧騒を忘れて寛げるプライベート・メンバーズ・ルームにするつもりでしたの。でも、私の夢はここで終わってしまうのかもしれませんわね」
そっと彼の乾いた手に、私の温かい手を重ねる。わずかな震え。 「妥協して安っぽいカフェにするくらいなら、私はこのまま、この街から消えてしまおうかと思っているんです」
その瞬間、彼の目に「独占欲」という名の火が灯りました。
「……高木様、もし、あなたが私の『真の理解者』になってくださるなら。この店を、あなたと私の、二人だけの誇りにさせていただけませんか?」
4. 契約の味は、極上の蜜
翌日、私の口座には「個人的な貸付」という名目の、莫大な資金が振り込まれていました。返済期限? 金利? そんなの、彼が生きている間の「夢の代金」として有耶無耶にしてしまえばいい。
コンサルの彼には「知り合いのパトロンが見つかった」とだけ伝え、地主の高木氏には「あなただけが頼り」と囁き続ける。
男たちは、自分の金で女が夢を叶える姿を見るのが大好き。 私はただ、その舞台の上で、最高に美しく、最高に我儘な「黒い羊」を演じ続ければいい。
大官山の1号店。 ここは、私の虚栄心を詰め込んだ、甘く残酷な「罠」になるのです。
大官山、晴天。私のカフェのオープン初日は、これ以上ないほどの祝福に包まれていました。
パステルグリーンの壁紙、特注のアンティークチェア、そしてショーケースに並ぶ宝石のようなプチガトー。店内は、開店祝いの胡蝶蘭のむせ返るような香りで満たされています。その中心で、私はディオールの新作ワンピースを纏い、完璧な笑顔でゲストを迎えていました。
コンサルの彼は、私の成功が自分の手柄であるかのように得意げに振る舞っています。単純な男。 そして、この店の本当のスポンサーである地主の高木氏は、少し離れた席で、自分の財力で作られたこの美しい空間と、その中心にいる私を、満足げに眺めているはずでした。
そう、あの瞬間までは。完璧なシナリオが、音を立てて狂い始めたのは。

開店初日の悪夢:本物の怪物(マダム)は、静かに現れる
1. 招かれざる客、あるいは「真の支配者」
正午過ぎ。ドアベルが鳴り、場の空気が一変しました。 入ってきたのは、高木氏……の少し後ろを歩く、一人の初老の女性でした。
彼女を見た瞬間、店内のマダムたちの視線が集中しました。派手さは一切ありません。仕立ての良いグレーのシルクのスーツに、一粒ダイヤのネックレス。けれど、その身のこなし、視線の配り方一つひとつが、この大官山という街で何十年も頂点に君臨してきた「本物」の風格を漂わせていました。
高木氏の妻。直感で分かりました。彼が私の視線に気づき、慌てて目を逸らしたからです。あの役立たずの老いぼれ羊が。
「まあ、高木様。奥様もご一緒なんて、光栄ですわ」
私は完璧な「愛される女主人」の仮面を被り、最高の笑顔で歩み寄りました。心臓が嫌な音を立てていましたが、ここで引くわけにはいきません。
2. 「リカちゃん人形のお家」
「はじめまして。オーナーの……」 私が差し出した手を、彼女は無視しました。代わりに、ゆっくりと店内を見渡します。まるで、出来の悪い美術館の展示品を品定めするように。
「……可愛らしいこと。まるで、リカちゃん人形のお家みたいね」
静かな、けれどよく通る声でした。その一言で、私が心血を注いだ「英国式のエレガントな空間」が、ただの安っぽいおままごとのセットに格下げされました。周りの客が息を飲むのが分かります。
「あら、お気に召しませんでしたか? こちらのインテリアは全て本場の……」 「主人が、随分とご執心だと聞きましてね」
彼女は私の言葉を遮り、私を真っ直ぐに見つめました。その目には、嫉妬や怒りといった感情は一切ありません。あるのは、庭に紛れ込んだ害虫を見るような、冷徹な評価の目だけ。
3. 資金源の正体
彼女はゆっくりと、高木氏が座るはずだった一番奥の特等席――「プライベート・メンバーズ・ルーム」へと歩を進めました。
「ここが、主人の『隠れ家』かしら? まあ、随分とお金をかけたこと。ねえ、あなた」 彼女が振り返ると、高木氏は真っ青な顔で小さくなっていました。
「あ、いや、これはその、この街の文化発展のための投資で……」 「投資? あなたの個人的な口座から、数千万円単位のお金が動いているのが『投資』?」
彼女はクスリとも笑わずに言いました。 「通帳の管理もできない人に、投資なんて大それたこと、できるわけないでしょう?」
その瞬間、私は理解しました。この街の本当の支配者は、地主の彼ではなく、その財布の紐を握るこの女なのだと。私が籠絡したと思っていた老羊は、ただの飼い犬に過ぎなかったのです。
4. 宣戦布告なき制圧
「……奥様、何か誤解があるようですが、これは正式な事業契約に基づいた……」 私が割って入ろうとすると、彼女は初めて私に興味を示したように、じっと目を見つめ返してきました。
「お嬢さん。あなた、田舎から出てきたばかりでしょ? 隠そうとしても分かるわよ。この街の空気に馴染んでいないもの」
私の最大のコンプレックスを、この上なく優雅な言葉でえぐり取る。この女、手強い。
「いいこと? この大官山で商売をするなら、仁義というものがあるの。よそ者が、人の家の財布に手を突っ込んで、おままごと遊びだなんて……。少し、おいたが過ぎるんじゃないかしら」
彼女はハンドバッグから、一枚の紙を取り出し、テーブルに置きました。借用書です。高木氏が私に振り込んだ金額が記された、私的な。
「これ、主人の道楽のツケ。きっちり回収させていただきますからね。利息はいらないけれど、元本は耳を揃えて返してちょうだい。期限は……そうね、一年待ってあげるわ。リカちゃんハウスの経営ごっこ、頑張りなさいな」
5. 屈辱のカーテンコール
彼女はそれだけ言うと、一度も紅茶に口をつけることなく、立ち上がりました。 「行きますよ」 その一言で、高木氏は弾かれたように立ち上がり、すごすごと彼女の後をついて店を出て行きました。私の方を一度も見ずに。
店内に残されたのは、残酷な静寂と、屈辱にまみれた私でした。 コンサルの彼が慌てて駆け寄ってきましたが、その声も耳に入りません。
あの女。あの、古臭いカビの生えたような本物のマダム。 私の夢を「リカちゃん人形の家」と呼び、私を「田舎者のよそ者」と断じた。
悔しさで、手が震えました。でも、同時に、体の奥底からどす黒いエネルギーが湧き上がってくるのを感じました。
上等じゃない。 一年で返せばいいんでしょ? あの程度の金。 私のプライドを傷つけた代償は、高くつくわよ。見てなさい、あの気取ったババアも、役立たずのジジイも、私のこの「おままごと」の舞台で、最高の脇役にしてやるから。
私は震える手で、冷めてしまったダージリンを飲み干しました。 その味は、今までで一番苦く、そして、最高に刺激的でした。
昼間は、パステルカラーに囲まれた「可憐なティーサロン」。 けれど、最後のお客が店を出て、通りに人影がまばらになる頃、この店は全く別の顔を見せ始めます。
あの大官山マダムに叩きつけられた「元本返済」という名の宣戦布告。まともに紅茶とスコーンを売っていては、一生かかってもあの傲慢な女の鼻をあかすことはできません。 私は決意しました。この「リカちゃん人形の家」を、夜だけは「欲望と情報のブラックボックス」に変えることを。

真夜中のブラック・サロン:蜜と毒の裏会員制
1. 舞台裏のドレスコード
夜の22時。看板のライトを消し、入り口には「Private Party」の札を掲げます。 店内の照明は極限まで落とし、キャンドルの炎だけが特注の大理石テーブルに揺れる。昼間の甘い香りは、高価なシガーと、一本数十万円もするヴィンテージ・シャンパンの香りに塗り替えられます。
集まるのは、コンサルタントの彼が「人脈」という名の餌で釣ってきた、IT長者、政界のフィクサー、そして表の社会では顔を出せない実業家たち。 彼らが求めているのは、最高級の茶葉ではなく、誰にも聞かれない「密談」の場と、それを彩る「極上の花々」でした。
2. 「元同僚」たちの再雇用
私は、東京に来て最初に働いた「あのお店」で知り合った女の子たちを呼び寄せました。 ただし、彼女たちには安いドレスではなく、私の店に相応しい最高級のシルクワンピースを纏わせ、徹底的に「洗練されたマダムの卵」としての所作を叩き込みました。
「いい? あなたたちはただのホステスじゃない。このサロンの『気高き一員』なの。客に媚びるのではなく、客が跪きたくなるような女でいなさい」
彼女たちが注ぐシャンパン一杯に、私は昼間の紅茶の数十倍の値をつけました。それは「場所代」であり「沈黙の対価」です。ここでは、一晩で数百万円の現金が、領収書もなしに私の手に流れ込んできます。
3. 禁断の「情報オークション」
ある夜のこと。店の奥、地主の高木氏のために作ったあの「プライベート・メンバーズ・ルーム」で、政界に近い大物実業家が、ある開発計画の極秘情報を漏らしました。
私は、彼らのグラスにシャンパンを注ぐふりをして、その言葉の断片を拾い集めます。 「この情報の価値、わかっているのかい?」とニヤつく男に、私は最高の微笑みを返しました。
「ええ。ですが、このサロンの壁は、私の口よりも堅うございますから。……ただ、その代わり、私の店をもう少し『広げる』お手伝い、していただけますわよね?」
弱みを握り、恩を売り、情報を売る。 法律の境界線上を、ハイヒールで優雅にステップしながら歩くスリル。それは、不倫のスリルなんて子供騙しに見えるほど、私を昂揚させました。
4. コンサルの「震え」
コンサルタントの彼は、最近、店に来るたびに顔色を悪くしています。 「これは危なすぎる。警察にバレたら……あのマダムに嗅ぎつけられたら、終わりだぞ」
私は彼のネクタイをゆっくりと締め上げ、耳元で囁きました。 「あなた、まだそんなことを言っているの? 私の勝ち馬に乗りたいなら、黙って手綱を握っていなさい。私を誰だと思っているの? どんな泥沼でも、私は汚れることなく歩いてみせるわ」
彼は怯えたような、けれど抗えない欲望に負けたような顔で私を見つめました。男なんて、結局は強い光に集まる羽虫でしかない。
5. 闇の中で研ぐ牙
大官山マダム。あなたが「おままごと」と呼んだこの場所で、今、何が起きているか知ったら、どんな顔をするかしら? あなたが守ってきた「品格」なんて、この闇の中では紙屑同然。
私は、金庫に積み上がっていく札束を眺めながら、最高級のブランデーを口に含みました。 借金完済まで、あとわずか。 でも、完済しただけで終わらせるつもりはありません。 あの女が大切にしている「高木家の看板」ごと、この闇に引きずり込んで、私のカフェの「肥やし」にしてやるのです。
夜明けの光が差し込む頃、私は再び「可憐な店主」の仮面を被ります。 「おはようございます。今日も素敵な一日になりますように」 そんな言葉を、死ぬほど退屈な白い羊たちに振り撒きながら。
真夜中のサロンスペース。キャンドルの炎がクリスタルグラスに反射し、欲望と野心の揺らめきを壁に映し出しています。
今夜のゲストは、ある投資ファンドの幹部が連れてきた「不動産開発の若き旗手」。紹介されたその男の顔を見た瞬間、私の時間は2011年のあの蒸し暑い、絶望の9月へと一気に引き戻されました。
そこにいたのは、かつて私と一緒に地獄の淵まで歩み、そして無様に逃げ出した「あの男」でした。

過去の残骸を再利用(リサイクル)する方法:再会という名の投資
1. 跪く過去
彼は私を見た瞬間、幽霊でも見たかのように固まりました。手に持っていたバカラのグラスが微かに震えています。かつての彼は、私にとって「退屈な日常の唯一の出口」でした。けれど今の私から見れば、彼はただの「使い古された、少し見栄えのいい道具」に過ぎません。
「……君なのか? まさか、こんな場所で……」
私は彼に近づき、あえて彼の襟元を整えるふりをして、耳元で甘く、冷たく囁きました。
「お久しぶり。でも、ここでは『オーナー』と呼んでくださる? あなたが知っている私は、10年以上前に死んだのよ」
かつては私が彼に縋り、彼の経済力を頼りにしようとさえしました。けれど今は違います。私が支配するこの空間で、彼はただの迷い込んできた子羊に過ぎないのです。
2. 「駒」としての価値
話を聞けば、彼は今、大手デベロッパーの投資部門で、大官山周辺の再開発計画を統括しているとのこと。 ――なんて素晴らしい偶然かしら。 あの大官山マダムが守り抜こうとしている「古き良き街並み(=彼女の資産)」を、根こそぎ破壊できる力が、今、私の目の前で震えているのです。
私は彼を、地主の高木氏も入れたことのない最奥の秘密の個室へ誘いました。コンサルの彼が嫉妬に満ちた視線を送ってきますが、無視です。今の私に必要なのは、コンサルの「口先」ではなく、デベロッパーの「権力」なのですから。
3. 甘い搾取の始まり
「ねえ。私、あの大官山マダムに少しだけ『借り』があるの。それを、あなたの力でチャラにしてくれないかしら?」
私は彼の膝の上にそっと手を置き、10年前と同じ、けれど決定的に違う温度の微笑みを向けました。 彼は、私の美貌と、そして今や私自身が纏っている「権力」という名の香気に、抗う術を持っていませんでした。
「……何が望みだい? 君のためなら、僕は……」
「簡単よ。あのマダムの家が建っている土地、再開発の強制執行区域に含めてちょうだい。彼女が大切にしているあの古い屋敷を、ブルドーザーで瓦礫に変えてほしいの」
彼は絶句しました。それはあまりにも残酷で、そして合理的な「復讐」だったからです。
4. 過去という名の足枷
彼はためらいました。「それはさすがに……リスクが大きすぎる」と。 そこで私は、とっておきの毒を差し出しました。
「忘れたの? あの時、あなたが私に送ったあの淫らなメッセージや、隠し撮りした写真のこと。……私、まだ大切に保管しているのよ? 今のあなたの輝かしいキャリアが、一夜にしてゴミ箱行きになってもいいのかしら?」
嘘です。そんなものはとっくに捨てました。でも、罪悪感と過去に怯える男にとって、嘘のナイフは本物よりも深く刺さるのです。 彼の顔から血の気が引くのを見て、私は至福の喜びを感じました。
5. 新たな支配構造
「協力してくれたら、あの写真は永遠に闇の中。それどころか、このサロンの『終身名誉会員』として、私が最高の癒やしを提供してあげるわ」
私は彼の頬をなで、冷たく命じました。 「さあ、まずはあのマダムの土地の登記簿を洗い直してちょうだい。彼女の鼻をあかすための、完璧なシナリオを書き上げるのよ」
彼は力なく頷きました。 2011年、私は彼との関係で全てを失いかけました。 2026年、私は彼を利用して、この街の全てを手に入れる。
夜が明ける頃、私は独り、サロンのテラスで冷たいシャンパンを開けました。 大官山の空は、少しずつ白み始めています。 あの大官山マダムが、自分の足元が崩れ始めていることにも気づかず、安らかな眠りについているかと思うと、可笑しくて堪りません。
「さようなら、私の黒い過去。ようこそ、私の黄金の未来」
私は朝焼けに向かって、優雅にグラスを掲げました。
大官山の朝。瓦礫が崩れる轟音とともに、一つの時代が終わりを告げました。
私のテラス席から見える、あの「マダム」の古色蒼天たる屋敷。再開発の重機が無慈悲にその牙を立て、彼女が誇りとしていた門も、庭も、プライドも、すべてがただの産廃へと変わっていく。 私は、最高級のボーンチャイナに注がれたダージリンを啜りながら、その光景を特等席で眺めていました。
さあ、舞台の幕を下ろす時間です。

華麗なるチェックメイト:三匹の羊への引導
1. 最後に集められた「役者」たち
閉店後のサロンに、私は三人の男を呼び出しました。
資金繰りに窮し、妻に逃げられ、私に縋るしかなくなった地主の高木氏
違法サロンの片棒を担がされ、今や私の命令なしでは呼吸もできないコンサルタント
過去の写真を盾に再開発を強行させ、「これでまた一緒になれる」と盲信しているデベロッパー(元彼)
彼らは、私が自分たちのために「勝利の祝杯」を挙げるのだと信じ切っていました。
2. 「ご苦労様」という名の告別
私は、彼らに最高級のシャンパンを振る舞いました。ただし、私が飲むのはノンアルコールの炭酸水。これから始まる「旅」に、酔いは不要ですから。
「皆さん、本当に感謝しているわ。あなたたちのおかげで、私の『リカちゃん人形の家』は、世界で一番価値のある『更地』に変わったわ」
私がテーブルに置いたのは、大手外資系ラグジュアリーホテルグループとの契約書。 私は、この店のブランド権利と、再開発区域の優先交渉権、そして地主から奪い取った借用書……そのすべてを、一括で彼らに売却(エグジット)したのです。
3. 三者三様の絶望
「……どういうことだ? 経営は僕が……」 コンサルが真っ青な顔で詰め寄りますが、私は微笑んで首を振りました。 「法人は昨日、解散手続きを終えたわ。負債(あなたたちのことよ)はすべて、新しいオーナーが処理するはず。……あ、当局への『裏サロン』の密告、誰がしたか気になるかしら?」
高木氏が震える声で言います。 「私の土地は……私の家はどうなるんだ」 「高木様、契約書をよくご覧になって。あなたは『委任』したのよ、私に。今はもう、あの土地はホテルのプールになる予定だわ」
そして、指輪のケースを握りしめていたデベロッパー。 「……僕たちの未来は?」 「未来? 10年以上前に捨てた男と未来なんて、冗談がきつすぎるわ。写真はもうネットにアップロード予約済みよ。あなたが私の指示を無視した瞬間に、拡散される設定でね」
4. 漆黒の翼を広げて
男たちの罵声と嘆きがサロンに満ちる中、私はディオールのコートを羽織り、用意させていたリムジンに乗り込みました。
「あとは、弁護士同士で話してちょうだい。あ、私の弁護士はモナコにいるから、国際電話になるけれど」
リムジンの窓越しに見る大官山の街並みは、もう私を刺激することはありません。 復讐は終わった。資金は十分。そして、私は再び自由になった。
「次は、芦屋……? いえ、もっと遠くへ。パリのサントノレ通りあたりに、新しい『黒い羊』の家が必要ね」
5. 旅立ち:空に描く「悪女」の航跡
羽田空港のファーストクラス・ラウンジ。 私は、SNSの「Black Sheep’s Diary」の最後のアカウントを削除しました。
追ってくる男たちも、私を「田舎者」と笑ったマダムも、今はもう背景の一部でしかない。 私は、誰の所有物でもない。誰の記憶にも縛られない。 私は、自分の欲望という名のエンジンを回して、世界のどこへでも飛んでいく。
テイクオフの衝撃を感じながら、私は高らかに笑いました。 その声は、エンジンの轟音にかき消され、誰の耳にも届きません。 けれど、それでいい。
「ごきげんよう、退屈な世界。次はどこを私の色に染めてあげようかしら」
2026年、1月。 大官山を焦土に変えた「黒い羊」は、雲を突き抜け、眩い太陽の光の中へと消えていきました。

後日談

2029年、初夏。 大官山の空は、あの頃と変わらず高く、残酷なまでに青く澄み渡っていました。
かつて私が「おままごと遊び」の舞台にした場所、そしてあのマダムが先祖代々のプライドと共に守り抜こうとした屋敷の跡地には、今や地上30階建ての外資系超高級ホテル「ザ・ロイヤル・ブラック・シープ」がそびえ立っています。
私はその15階にあるテラス・ラウンジに座っていました。纏っているのは、パリのオートクチュール・ウィークで手に入れたばかりの、漆黒のシルクドレス。 テーブルの上には、あの頃私が憧れ、そして手に入れた、本物のアンティークの茶器。
ふと、ホテルのエントランスへと続く並木道に、異質な影が動くのが見えました。

零れ落ちた残像:かつての支配者への「チップ」
1. 瓦礫の中の亡霊
ホテルの警備員が、一人の老女を追い払おうとしていました。 その女性は、何重にも重ね着した汚れの目立つコートを羽織り、背中を丸め、ビニール袋をいくつも下げたカートを引いています。
かつての「グレーのシルクスーツ」の面影は微塵もありません。けれど、その独特の顎のライン、そして追い払われてもなお、一瞬だけ見せた、周囲を蔑むようなあの「視線」の残滓。
私は、傍らに控えていたコンシェルジュに、静かに命じました。 「あの女性を、ここまで連れてきて。……そう、私の賓客として」
2. 再会という名の審判
数分後、場違いな異臭を纏った彼女が、私のテーブルの前に立たされました。 彼女は、目の前に座る「漆黒の女」が誰であるか、最初は気づいていないようでした。
「……何のご用かしら。私は、施しを受けるつもりはありませんよ」
声だけは、あの頃の冷徹な響きを微かに残していました。私はゆっくりとサングラスを外し、極上のダージリンを一口啜ってから、微笑みました。
「はじめまして……ではなかったかしら? 奥様。あ、今はもう『奥様』とは呼べないのかしらね」
彼女の目が、大きく見開かれました。記憶の奥底から、自分の人生を粉砕した「黒い羊」の顔が浮かんできたのでしょう。彼女の顔が、驚愕から屈辱、そして深い憎しみへと、ゆっくりと歪んでいく。その様は、どんな名画よりも私を楽しませてくれました。
3. 「リカちゃんハウス」の現在地
「あなた……! よくも、よくも私の、高木家の全てを……!」
「あら、そんなに怒らないで。あなたの旦那様が私に溺れ、コンサルが私を恐れ、デベロッパーが私に跪いた。私はただ、彼らの『欲望』を正しく導いただけ。……ところで、このホテルのテラス、いかがかしら? あなたの寝室があったあたりは、今はちょうど、あのアロマミストが噴き出しているプールのあたりよ」
彼女は震える手でカートの取っ手を握りしめました。 「泥棒猫……! 卑しい田舎者が、人の人生を盗んで……」
「盗んだ? いえ、買い取ったのよ。正当な対価を払ってね。……そういえば、あなた、あの日私に仰ったわね。この店は『リカちゃん人形のお家』みたいだって。……今のこの景色、あなたのお人形さんのコレクションよりは、少しはマシに見えるかしら?」
4. 最後の「施し」
私は、テーブルの上に置かれた銀のトレイに、一通の封筒を置きました。 中には、彼女が一生かかっても稼げないほどの、けれど私にとっては昨夜のカジノでチップとしてばら撒いた程度の額の小切手。
「これ、あの時淹れてあげたダージリンの『お釣り』よ。とっておきなさい。あなたのプライドを買い戻すには足りないけれど、今夜の宿と、少しばかりマシなパンを買うくらいにはなるはずだから」
彼女は、その封筒を奪い取るように掴み、私を殺さんばかりの目で見据えました。けれど、彼女はそれを突き返すことはできませんでした。生きるという本能が、彼女の誇りを完全に食い潰していたのです。
5. 黒い羊の微笑み
「行きますよ」 私がかつて彼女に言われたのと同じ言葉を、今度は私が投げかけました。 警備員が彼女を促し、彼女は崩れ落ちるような足取りで、金色のエレベーターへと消えていきました。
私は再び、独りになりました。 テラスを吹き抜ける風が、彼女の残した異臭を綺麗に拭い去っていく。
全てを手に入れた今、私の心にあるのは、歓喜でもなく、憐れみでもありません。 ただ、自分が描いた「美しき完成図」に、最後の一筆を加え終えたという、静かな満足感だけ。
「さようなら、大官山の亡霊さん」
私は冷めかけた紅茶を飲み干し、次の街行きのチケットを確認しました。 次は、どこを、誰を、私の物語の「素材」にしようかしら。
空には、私が放った自家用ジェットが描いたような、白く長い飛行機雲が一本。 それはまるで、私の人生という名の、汚れない軌跡のように見えました。

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